2017年05月12日
めやに
以前住んでいたアパートでの話なのだけれど、ベランダに猫の親子がいた。
まめに餌付けをしていたとかではないのだが、引っ越して以来放置していたダンボールが暖かいのか、よくおはぎのように5匹かたまって丸くなっていた。
「くろ」「ぶち」「とら」「ハイエナ」そして「めやに」
「くろ」と「ぶち」が親で、他の3匹が多分その子供だと思う。
ノラ猫にエサをあげるなんて近所迷惑だわ!
と、思う人もいるのだろうが、そんなことを言う人のことよりも、目の前の猫のほうがはるかにかわいらしいので気のむくままにエサを与えていた。3日にいっぺんくらいか。
めやには小さい猫だった。子猫だったから、とかじゃなくて、他の子猫よりも更に小さい猫だった。
おまけにべったりとめやに。
正直初めて見たときは(あぁ、もう長くないな)って思った。
子猫ってのは母猫に目やにを舐め取ってもらわなければ失明してしまう、なんて話を聞いたことがあったから、この子は母猫であるぶちに見捨てられたんだな。って思った。
せめて目やにを拭き取ろうと思ったけれど、近づけなかった。
いつか見た子猫のように、またどこかでめやにの亡骸を目にするのかもしれないな。
そんな、覚悟をどこかでしていた。
けれどめやには生き延びた。
相変わらずカラダは小さいけれど、いつもなんだかぶるぶるふるえているけれど、生き延びた。目やにもなくなって、うるうるした目が中から出てきた。
いっつも泣いてるみたいなんだわ。コイツが。
で、他の4匹なんだけれど、さすがはノラ、とでも言うべきか。
えさをあげてみても、いかにも警戒してますよーといった風情でチラリチラリとうたぐりぶかそうな目をこちらに投げかけては主がいなくなるのをじぃっと待っている。
こっちとしてはせっかくえさあげたんだから、せめて食べるところが見たいなぁと根競べをするのだが、大抵こっちが根負けしては戸を閉める。蚊が入るし。
けれど、めやにだけは違うのだ。寄ってくる。
時にはえさを持つこちらの手に頬をすり寄せてくる。かわいい。
(お前ノラだろう?そんなに警戒心ないと怖い人間につかまっちゃうぞ)
などと、怖い人間代表でありながら年頃の娘を持つ父親のような心配をしながらも、圧倒的にえこひいきしてめやにに重点的にえさ与えていた。かわいい。
(ひょっとしたら手から直接食べてくれるんじゃないか?)
そんなめやにの懐きっぷりに思いついては即実行。
動物が直接手から餌を食べてくれるっていうのは信頼感の証だと思うんですよね。
なにしろ野生動物にとって食事を取る時というのは水を飲む瞬間にならんで最も警戒すべき無防備な瞬間なわけで、そんな危険なタイミングなのにこちらの手から直接食べてくれるってことはこっちを信用してくれた?むっはー!大興奮!
て思ってえさを手のひらにのせてめやにに差し出してみた。
そしたらめやに
えさじゃなくて指を齧り始めた。
そうか。
見えないのか。
やっと気づいた。
めやにが自分から擦り寄ってくる理由。
心を許していたからじゃない。
確かめていたのだと。
懐いていたわけじゃない。
そうしなければ、わからなかったのだと。
そんなことにも気づけなかった自分が恥ずかしかった。
指も痛かった。