2017年12月06日
親の心子知らず
朝の5時、洗濯物を干しながら考える。
洗濯後の湿ったひっくり返ったシャツの袖を元に戻しながら考える。
両手両足更には靴下、きれいにひっくり返って二人分、計12着をひっくり返しては干しながら考える。
そういえば、実家にいた時には洗濯ってしたことなかったな
と。
何も考えずに自分が脱ぎ捨ててきた、もれなくうらっ返しに脱ぎ捨ててきた服を毎日きれいに洗って干して、袖をひっくり返してくれていたのは母であり、いったい自分は母の人生のうちのどのくらいの時間を、「湿った服をひっくり返す」という行為に浪費させてきたのだろうかと思う。
親のありがたさというものは、一人暮らしをしないとなかなか気づかないもので、あたたかい家のありがたさも、シャウエッセンの高さも、洗濯物をひっくり返す面倒くささもなかなかわが身に降りかからないとわからない。
昨日で4歳になったうちの子もいつかはそのありがたさを知るのだろう。
あぁ、いつもひっくり返してくれていたんだなぁ、と親のありがたさを知るのだろう。
けれどこれだけは言っておきたい。
毎日洗濯物をひっくり返していたのはママじゃなくてパパだからね!!