2018年01月19日

マウント



前回書いた記事、人はなぜ加害者への厳罰を求めるのか、について帰り道すがら考えた。


「エラー管理」と「非人間化」確かに一見この二つで説明はつく。

特にエラー管理。

加害者には近くに居てほしくない。もし本当に加害者だったら怖いから厳罰を課して自分から遠ざけたいという気持ちも理解できる。
しかし海外の事件など、自分に被害がかかる可能性のない事件に対しても、厳罰を求める傾向はある。

対象の危険度を大きく見積もるにしても攻撃的になる度合いが強すぎるように感じるのだ。



加害者への厳罰を求める気持ち



そこにはエラー管理と非人間化に加えてもう2つの意識が働いていると思う。


すなわちマウントと防衛機制である。



人より自分は優れていると思いたい気持ち、相手を打ち負かしたい、言い負かしたいという気持ち、そういった「相手よりも上に立ちたいという気持ち」をマウントと言うけれど、相手を非難する時にはそういった気持ちが混じっていないだろうか。

もしくは自分が傷ついてしまったときにそれに対応するための行動や心の動きのことを防衛機制というのだけれど、自分の中の不満やいら立ちをぶつける相手を探していないだろうか。


「加害者という存在」はそういった「自分は正しい」と主張をするために打ち負かす相手としては理想的な「悪」であるわけで、攻撃しても自分のこころが傷つかない存在なわけだ。



エラー管理

非人間化

マウント

防衛機制



理性的な判断を妨げるものは沢山あるんだ、ということは常に頭に入れておきたいと思う。

  


Posted by こもれび屋  at 08:24Comments(0)井戸端会議

2018年01月18日

人はなぜ加害者への厳罰を求めるのか



心理学ミュージアム というサイトがある。


心理学的な知識をわかりやすくなじみやすく解説している素敵サイトなのだが、その中の「人はなぜ加害者への厳罰を求めるのか」という記事がわかりやすかったのでご紹介。


それによると、人がさほどよく知っているわけでもない加害者をことさらに厳しく罰したいと思う気持ちの裏には

①エラー管理
②非人間化

という二つの判断があるとのこと。


特にこの「非人間化」という過程は差別や偏見のもとになっている考え方なので、ご一読いただきたい。


心理学ってクソだな。と思うこともあるけれど、同時に感情的にならずに客観的な判断を常に下すためには自分の感情込のこころの動きを理解して理性的な行動をとれるようにしなくてはならないわけで、その助けとしてやっぱり必要な学問なんだなぁと思う。  


Posted by こもれび屋  at 08:33Comments(0)井戸端会議

2018年01月17日

笑いとタブー

ホーキング青山という「障害者芸人」が「笑いとタブー」「笑いと差別」をどう考えるかについて語ったこちらの記事。



『バリバラ』は、障害者の思いを改めて世間(の一部)に届けたという意味で一定の意義はあるのだろうが、一方でそういう番組が作られ、『刺激的』『タブーを破った』と評価される状況にはどうしても違和感を抱いてしまう。だって、もうそんなタブー、ずっと私は破ってきたし、他にもそういう人は数多くいた。それでも常に、障害者を扱うことそのものが『タブーを破った』扱いになっている。どこか変なのだ。

 何度も何度も、私やいろいろな人が『タブー』を破る。そのたびに、世間も『なるほど』と言う。

 それからしばらくすると、また何もなかったかのように『タブー』が破られる。

 あれ、その件、この前も話したよな? こっちはそう思うのだけれども、世間は気にせずに『タブーを破った』と評価する。そんな状況がずっと続いているのではないか。

『バリバラ』がスタートしたのは、2012年だ。それからずーっとタブーを破っているのか。タブーって一体何枚あるのかね、と嫌味の一つも言いたくなるではないか



と自著の中で語っている車いすのホーキング氏。

「タブーって一体何枚あるのかね」にはクスリときたし、もちろんタブーを破ってきたことを批判するつもりはないのだけれど、正直世間の感覚とのズレを感じずにはいられない。

「バリバラ」ひとつとってもどの程度知られているというのか。障がい者施設に勤めている職員ですら、知らない者は何人もいる。1個人が、ましてやホーキング氏程度の知名度の人間がたかだか数年タブーを破り続けただけで世間が変わらないと嘆くには早すぎるのではないかと思うのだ。


ウーマンラッシュアワーもそうなのだけれど、こと「お笑い」という職種では、笑かす相手に「必死さ」が伝わってはいけないと思うのだ。


ツイッターで中指立てた写真をアップしたり、強い言葉で煽ったり


持論に自信を持つのはいい。仕事を必死にやることだって、当然だ。

けれど、「笑える必死さ」なんてものがもしあったらそれはやっぱり嘲笑でしかなくって、お笑い芸人を名乗るのならそんな「必死さ」で勝負をするのはやめてほしい。



人をあざけったりしたくはないもんね。


  


Posted by こもれび屋  at 08:46Comments(0)井戸端会議

2018年01月16日

女性です



世界には痛ましい事件があふれていて日々心を痛めているのですが、またしても悲しい事件が起きてしまいました。


50歳の男性が女装をして女湯に入って御用になったという事件。


180cmの巨漢で筋骨隆々でありながら、警察に問いただされて「女性です。女性です」と言い続けたというこの男性。



そこまでして覗きたかったのか……



と、一見性欲にかられた犯行のように思えるのですが、、同じ事件をとりあげた東スポの記事を読んでみると、そんな単純な事件ではないのかもしれません。


せっかく?危険を冒してまで女湯に侵入したにもかかわらず、女性をあまり見ずに入浴。8年前に侵入を試みた際にも「男湯は汚い。女湯の方がやすらぐ」と言っていたそうで、これは記事にある通り、本当に「女性になりたかった」のだという可能性も捨てきれません。



個人的には「女性です。女性です」が刺さりました。


「女性です」と連呼しながらも、警官に「確認」を求められるとしゅんとして観念してしまう。

どこからどう見ても男にしか見えない容姿でありながら、避けようのない現実を突きつけられるまではひたすらに「女性です」と繰り返す。

それはその場を切り抜けるためのウソというよりは、まるで「そうありたい」と願う乙女の祈りのようだとも思えるのです。




LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの頭文字を取ったもので、性的少数者を指す言葉)もだいぶ認知されてきましたが、混浴にするわけにもいきませんからね。

  


Posted by こもれび屋  at 08:53Comments(0)痛ましい事件

2018年01月15日

絵画レンタルのお知らせ

この人にしか描けない絵があります


こもれびでは様々な障がいを持った方がそれぞれの得意分野を活かして働いています。
中でも絵画制作部門は水彩画・デッサン画・ちぎり絵等幅広いジャンルで高レベルの作品が作られています。

あじさいの小路


街角


ふくらすずめ






この度、完成した作品をひとりでも多くの方に見てもらいたい、また、障がい者の自立を応援していただきたいという思いから、絵画のレンタルを始めました。



契約期間ごと(3~6か月程度)に新しい絵画をお届けします。
レンタルなので在庫管理や保管スペースがいりません。(レンタル費用は全額経費に計上できます)
お気軽にご相談ください。


㈱こもれび(担当:中根) 0566-84-5595  


Posted by こもれび屋  at 09:30Comments(0)こもれび屋

2018年01月11日

あじたまの作り方



最近味たまに凝ってまして、自分なりに情報を集めて試行錯誤を繰り返した結果、もう失敗しない。

といえるレベルになってきたのでここでまとめておきます。


手順

① 準備-1
たまごはあらかじめアイスピックでおしり(とがってない方ね)に小さく穴を空けておきます。このひと手間でゆであがってからの剥きやすさが違ってきます。味たまは黄身がとろとろの状態にゆでるため普通に茹でるとかなり剥きにくいため、いくつかのひと手間が必要です。

② 準備‐2
氷水を用意する
かなり大量の氷を入れた氷水を用意します。目安としてはボールの半分に氷入れて、そこに水を注ぐくらいの感じです。茹であがったたまごを冷やすためにつかいます。

③ お湯を沸かす 
たまごがひたひたになるくらいの量で充分です。だいたい10個ゆでるのに2Lくらいっすかね。

④ 塩と酢を加える
ひびが入って白身が流れ出すのを防ぐ役割です。塩、酢をそれぞれ大匙1杯くらい入れておくと卵にひびがはいってもほぼそのまま固まってくれます。

⑤ たまごを入れる
お湯がぐらぐらとしっかり沸いたら、冷蔵状態の卵を水に濡らしてから穴あきのおたまなどでそっとお湯の中に投入します。水に濡らすのも、そっと入れるのも、どちらもひびを入りづらくするためですね。

⑥ 6分茹でる
L玉でもMS玉でも6分です。黄身が端によって固まってしまうことを防ぐため、途中何度かそっとたまごをお湯の中でころがします。

⑦ 冷水で冷やす
6分茹でたらすぐに卵をすくいあげて、用意をしておいた冷水に投入、3分冷やします。冷やすことによる殻と中身の収縮率の差から、身と殻の間に隙間ができて剥きやすくなります。この部分が剥きやすくするために一番重要なので、面倒な人はこれだけでもやるとだいぶ違います。

⑧ 殻を剥く
たまごの上下を打ち付けた後、全体にひびを入れて流水を殻の隙間に入れるようなイメージで剥きます。ここまでやれば新鮮なたまごでもほぼツルンと剥けますが、もしそれでも剥きづらい場合はたまごの鮮度が良すぎることが原因です。買って4日~ほど経つとだいぶ剥きやすくなります。

⑨ めんつゆに漬ける

お好みでめんつゆに塩麹を加えたり、醤油や味醂をベースにしてもおいしいです。だいたい2倍濃縮のめんつゆで1日漬ければ完成です。キッチンペーパーでたまごをくるんでからかけると少量でもまんべんなく味が染み込んでいい色に仕上がります。大量に作った時にはジップロックで何度かひっくり返しながら色を付けましょう。



できたのを更に燻製にしてもうまーいです。  


Posted by こもれび屋  at 18:50Comments(0)井戸端会議

2018年01月10日

パワードスーツ



介護用のパワードスーツが使いづらくて導入したもののほとんど使われていないケースが多い、との記事。


パワードスーツってわくわくしませんか?

しますよね!


でも一見いかにカッコよく便利そうに思えたところで結局は実際に現場での使用に耐えうるかどうかがすべてで、UI(ユーザーインターフェイス)と呼ばれる「使いやすさ」のない商品はダメなわけです。


最近エクセルで商品管理用のフォーマットを作っているのだけれど、作り手のエゴをもりもりに盛り込んだ結果、データが大きくなりすぎて重くなってしまったり、いざ使ってみると基本的な部分が欠けていたりと気配りの行き届いたものをつくるのは難しいなぁと思うのです。


結局シンプルイズベストで、必要最小限の機能をしっかりと網羅しているのがいいものなのかもしれません。




パワードスーツも結局は生身の筋肉のかっこよさには勝てないのかもしれませんね。  


Posted by こもれび屋  at 19:28Comments(0)ニュース福祉ニュース

2018年01月08日

あけまして

新年一発目の話題としてどうかと思うのだが父が余命宣告をされた。

年末に実家に帰り、相対したわけなのだがまー何を話せばよいのかわからない。

おちゃらけるのもどうかと思うし、かといって深刻になりすぎるのもどうかと思うのだ。

変になぐさめられてもお互い嫌だろうし、微妙な距離感がうらめしい。



仕事ひとすじだった父に遊んでもらった記憶というのはあまりない。

必要だからと懇願されて母に内緒で貸した金を返してもらった記憶もない。



それでも父から多くのことを学んだこともまた事実で、

自身も親となった今、わが身と照らして父もこんな気持ちだったのだろうかとまた学ばされている。




きっとそれは父が亡くなってからも続くのだろう。

あの時父はこんな気持ちだったのか、と、その表情の意味をいつか知るのだろう。



抗がん剤の副作用でかさついた父は、浴室で転倒して腰の骨を折って更に弱弱しくなった父は、

それでも確かに僕の父であり、その事実が、ささいなやりとりがどうしようもなくやりきれずに早々と実家を後にした。



「もう帰るのか」


「またすぐ来るよ」


振り返らずに言った言葉を嘘にしないように、次にはちゃんと向き合えるようにしていこうと思う。




  


Posted by こもれび屋  at 19:12Comments(0)井戸端会議

2017年12月28日

年の瀬



本日で仕事も最終日。

一年の計が元旦にあるのなら、一年の答はきっと年末にあるのでしょう。


「良い答えが出せた」と自信を持って言えはしないのだけれど、来年はもっと良い方向へ、と気合を入れるくらいには落ちずにやってこれたと思う。




いろいろな人に助けられてなんとかやってこれました。

今年一年お世話になりました。


来年もよろしくお願いします。


それでは良いお年を。
  


Posted by こもれび屋  at 19:03Comments(0)

2017年12月26日

デモと保守



思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

マザー・テレサ




名言というものはいつも至極もっともで、自分を戒めたり奮い立たせたりするために手に届くところに置いておきたいものなのだけれど、どれだけ素晴らしい言葉でもやっぱり四六時中気に留めて生活をすることなんてできないのです。


上に挙げたマザーテレサの名言にもあるように、思考に気を付けよう、言葉にも気を付けようと思うのだけれど、気が付けばすぐに言い訳をしてしまう。

「でも」「だって」

って。


保守的でいたいだなんて思ったことなくて、このままでいいとも思っていないのだけれど、思っていなかったはずなのだけれど、



(なまけたい)(めんどうくさい)(楽したい)



ともすればそんな楽な方に流されていて、それが「でも」という言葉に出てしまっているのだろう。



「デモンストレーション」の方の「デモ」は、保守的な時も革新的な時も、はたまたリベラルな時にだって使われるものだけれど、

言葉の「でも」を使うときは、いつだって攻める気持ちの時でいたいと思う。
  


Posted by こもれび屋  at 08:34Comments(0)語り