2017年10月18日
尊厳
スパゲッティ症候群という言葉がある。
美味しそうな名前と裏腹に非常に重い話なのだが、終末医療の現場で全身をチューブで繋がれながら生きながらえさせられている姿、それがまるで絡み合ったパスタのように見えることから付けられた名前である。
医療の進歩によってそれまでは亡くなっていた人を存命させることが可能になってきた。
それはもちろん素晴らしいことなのだろう。
ただ、それも行き過ぎると素直に喜べない状況というものが出てくる。
例えば脳死。
その昔、心臓が止まったら人は死んでいた。
送り届けるポンプである心臓が止まってしまえば当然に人は死んでいたし、心臓を制御する脳が死んでしまってもやっぱり人は死んでいた。
しかし人工心肺というものが出来た。
脳細胞が死んでしまっていても、血液を体内に循環させることができるようになった。
言い換えれば脳波が止まってしまっても身体だけは生かせることができるようになった。
まゆつばものだが首から上を切り取っても生かしておける、と言う医師もいるそうだ。
回復の可能性がある植物状態とは違い、脳死には回復の可能性はない。
(そこまでして生かしておくべきなのか)という思いはどうしても浮かんでくる。
スパゲッティ症候群にしても同じだ。
(そこまでして生かしておくべきなのか)
という気持ち。
時に酷い苦痛を伴う延命措置。
年金などの関係で少しでも長く生かしてください。
といいながら、見舞いにもこない親族。
せめて延命措置を希望するか否か
当人が決められるといいな、と思います。
Posted by こもれび屋
at 08:51
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